『坂道のアポロン』エンディング曲『アルタイル』アニメーション映像に仕込まれた意味深について。
本編が終わってすぐにかかるこの曲。イントロ無しで、いきなりボーカル。
「あの坂道で 君を待っていた」♪
この歌唱!秦基博の声が実に素晴らしい!この声でまずやられる。そしてこの一文だけで、切なさ爆発です。
「放課後の約束に 遠く 滲む サヨナラ」♪
もうがっつり捉まれて、これだけで情景が、状況が、浮かんできます。切ない青春の想いを歌った素晴らしい曲です。
ぜひ本編からの流れで観てください。
(注意!)
ここから少しネタバレするので、嫌な人はアニメ本編を観るか原作を読んでからにしてください。
この歌は、
「弱くて いびつで すぐに壊れそうな あの頃の僕にね」♪
とか、
「君が好きだと 好きだと 言えたなら」♪
とか、
いつまでもうじうじして告れない、高校生活で告白できなかったイケてないヤツの歌詞なんですけど、実は本編はそうじゃないんですよね。
主人公の薫がいじけてたり面倒くさい性格なのはどうにもこうにもなんだけど。ちょっと状況が違う。薫はヒロインの律子に、割と早い段階で「僕が 好きなのは 君だよ」と告白してるんですよ。
それはストーリーのまだ序の口で、告ったからって、それでうまくいくとは限らないわけで。告白はクリアしても、やっぱり恋愛ってやつはそれだけでうまくいくかっていうと、そうとは限らないわけで。
告る告らないとかでいつまでもうだうだやってるアニメばっか見てると、告白したらとりあえずOKかのように勘違いしてしまいますが、そんなことないわけで。
むしろこの物語の場合は、そこからがいろいろとややこしいことになっていくのですわ。
歌詞に戻ると、
「教科書の隅に書いた手紙は」♪
「いつまでも 届かずに あの日のまま」♪
っていうくだりは、中高時代ならではのすごくいい歌詞ですよね。教科書の隅に手紙(もちろんラブレター)とか書いたところでどうにもならないだろ!と突っ込みたくなるのはともかく。
でもそんなことを思わずやってしまうのが青春なわけでして。そんな思春期青春期のなんとも言えん行為を見事に表現してくれてます。
でも、本編中にはそういうエピソードがあるわけではない。
なのでこのエンディング曲は、坂道のアポロンという物語を表す曲というよりは、この青春の時期に、告白できない、好きなんだけど、素直にそれを言えない、うまくいかない恋、過ぎ去った青春の日々、そういったもろもろを歌った普遍的な歌。
そういう気持ちで聞くと、心に染みる。
本人出演のMVが、見事にその世界を表現していて泣けます。
ほんといい曲です。。。
しかーし!
なにかが引っかかるのである。
手の込んだ演奏シーンとかバッチリとキマりまくった音楽アニメーションを作っといて、エンディングテーマでいまひとつ物語と歌が合ってないようなものをつくるかな???
ということで、以下、別の解釈で見てみよう。
(警告!)
ここから先は、ネタバレ以上に危険なので、心して読んでください。
よくよくこのアニメのエンディング映像を見ると、特に最終話直前11話の本編を、素直な気持ちで見て、そして、このエンディング曲が始まると、、、、、実は、薫が、坂道で待っていたのは、放課後の約束をしていたのは、千太郎じゃね?
これで合点がいくのである。このエンディング映像でなにを表現しているのか。もう一回見て欲しい。
教室や廊下に被って雪が降るイメージのシーンの次に、
秋の坂道をとぼとぼと頼りなく歩いている薫。
「弱くて いびつで すぐに壊れそうな」♪
いつの間にそれが雪景色になり、雪が降っていて、
「あの頃の僕にね」♪
薫が立ち止まる。
そして薫が枠の中に入って少しアップになる。心象イメージの描写。薫を囲んでいる枠は、おそらく薫の顕在意識の象徴。
「小さな」♪
枠の中の薫の背後から糸のようなものが現れる。ここでは薫は動きなし。
その次のカットで律子の後ろ姿。糸と落ちていく球と糸のようなものは、よく見ると毛糸球。手袋を編んだ毛糸である。さっきの糸は律子からの糸だったということがわかる。
「翼を」♪
この律子は現実ではなくてイメージ。ちなみに夏服。風で髪がなびいている。
「君が」♪
ここで割と長めに律子が映っているので、視聴者的にはここでいう「君」とは律子のことで、律子が重要だと感じる。
でも実は、薫的には、律子のことはほぼスルーしているのだ。この前のカットで糸が出てきた時、薫はそれに関心を持たなかったのですよ。この後でまた糸が出てくるのだが、それと比べて欲しい。
「くれたんだ」♪
無感情な薫の伏し目が、半開き程度まで開いて止まる。律子に対して動く感情はそこまでである。
次のカットで誰かが手を引っ張る。引っ張る方も引っ張られる方も、どちらも学生服らしきものを着ていて時刻は夕方。
「夕闇」♪
夕暮れ時、千太郎が両手を広げて太陽の方を向いている。さっきのカットは薫の手を千太郎が引っ張っていたということが推測できる。そしてこの光景はイメージではなく、現実で薫が見た光景として描かれている。
「傾いだ空に」♪
心象の中の薫の目が、大きく見開かれる。なにか決定的なものを見つけたかのように。
モノクロームの光景から、色づく季節が出現する。この描写は単に風景が切り替わるのではなく、なにかの現象によって積もっていた雪が消え去り、一瞬で緑の季節に変化するという描写である。
「かすかな光」♪
薫の枠の外側で1本の糸が落ちてきている。
「探している」♪
薫は、顕在意識下では自覚してなかった、潜在意識の中の、なにか物凄く重要なことに気づいて、慌てて振り返って、
「君が好きだと」♪
走る。
足元には2本の糸が、何度も何度も交差している。その上を走る。自分の心の中を走る。より深い方へ走っていく。
画面の左側に向かっていくのは過去や深層心理へ向かう場合の表現。
「好きだと 言えたなら」♪
前を走る千太郎、ほぼ真横に律子。
その二人を追いかける薫……時刻は夕方、陽の落ちる前。
ということは、この二人どちらのことも対象になっているのである。映像的には。
だが、先の糸の描写と手を引っ張るカットからして、より重要なのは千太郎である。
もっともここでの「好き」は恋愛的な意味ではないかもしれない。
しかし、あらためて言うけど、律子には告っているのである。律子に対しては、商店街の人が往来する路上から部屋の中に向かって大声で恥ずかしい謝罪もできるし、東京に行っても連絡をとれる程度に和解してる。
となると、
「教科書の隅に書いた手紙は」♪
それは律子へのものではない。象徴的な意味においても、そんなことをする理由はないのだ。
「いつまでも 届かずに あの日のまま」♪
曲の最後の夕暮れ時、春。
薫が学校のピアノにそっと触れる。
ピアノ=千太郎との思い出である。
なお、曲のタイトルの「アルタイル」とは、七夕でいうところの「彦星」。夕闇に探しているかすかな光とは、彦星のことである。
●主題歌DATA
エンディングテーマ
『アルタイル』
作詞:秦基博 、作曲・編曲 : 菅野よう子、歌:秦基博 meets 坂道のアポロン
エンディングアニメーション
コンテ・演出・作画監督:林 明美
原画:小島崇史、中村章子
動画検査:楮木知美
色指定:野口幸恵
美術:中村千恵子
撮影:大山佳久